ためしてガッテンが起源の血液どろどろ・さらさら

昨日、地上波総合NHKのためしてガッテンで、“血液さらさら”はNHKの同番組が発端と自認した放送であった。

いままで、このBlogでも取り上げてきた・・・
血液さらさら”の大元は、“金銭どろどろ”
あいかわらず・・・・”血液さらさら”

この起源は、“あるある大事典”あたりだろうと思ってたのだが・・・・NHKだったとは・・・

以前、この番組で、NHKはさらさらの定義を凝固亢進と明示して放映していたのを見たことがあるのだが、どうも趣旨替えしたようである。

昨日の放送(平成18年8月30日午後8時放送)では、「血液さらさら・どろどろ」の定義として、ほんとうのどろどろ度とは、“赤血球の持つ本来の柔らかさが失われること”と述べている。他、“赤血球どうしがくっつきやすくなって”と粘着性、それから、赤血球の“連銭形成”の説明をしていた。そして、血小板やTMなどの血漿成分などについて言及。


血液どろどろ・さらさら度を、“Red Blood Cell Deformalility”と定義変更したようだが、この測定法は、従来から"filtration tecnique”と呼ばれる方法で、単に細いチューブを通したときの赤血球流速を測定する方法で、赤血球のも要因を生体外で測定したものである。MC-FANがさほど画期的な発明でなかったということを意味するし、本来の自重的な意味合いにすこし戻ったというくらいだろう。


“ずり応力”・Shear Stress(粘性を持つ流体の流れに伴って、流体内部に生ずる内部摩擦)などを含む概念が以前から取り上げられ、臨床的に検討がされていると思う。

(http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamph/pamph_38/panfu38_04.html#zu4)

くりかえすが、「血液さらさら」は、赤血球の要素だけをとりだしたものであり、本来の“Shear stress”とは異なるもの、あるいは、その現象の一部を示したものに過ぎず、病因や増悪因子として、決定的なものであるという臨床的エビデンスは稀薄である(by-standerの証拠はあがってはいるのだろうが・・・)。


再掲するが、
“血液の流れやすさあるいは流れにくさを表す表現として、「さらさら」「どろどろ」という言葉がよく使われる。しかしこれらの言葉は、その状態を感覚的に捉えられるとしても、その捉え方には個人差があり、血液の流れの状態を科学的に表現する言葉としては適当ではない。”(貝原 真 日本医事新報 No4223 p90-91)

という考えが一般的と思う。


また、脳血管に関する血液粘稠性に関する記述・・・
血液粘稠度(blood viscosity)は脳血流の独立したregulatorである。硬いチューブの中で、流量と粘稠度は逆相関する。脳血管が硬い中部の中と同様に働くなら、そして、潅流圧が一定なら、脳血流は血液粘稠度が増すほど減少するだろう。しかし、脳血流は、粘稠性の変化とともに調整され、粘稠度の減少とともに、血管内皮へのずり応力(shear force)の減少となる。
脳動脈中の細動脈は自己調整機能があり、粘稠性低下に伴い、血管抵抗性が減少する。(Am J Physiol Heart Circ Physiol 279: H1949-H1954, 2000;

などを参考にすると、生体外で、人工的環境で測定されたひとつのパラメータを、動脈硬化の決定的要因である如く、吹聴したテレビ局にも大きな非があると思う。

もとより、懐疑的に見ていた私たちを含め、マスコミ・視聴者、悪徳業者、そして、悪徳業者にだまされ続けてきた人たちは、MC-FANという計測器械から生み出される測定値に振り回されてきたのである。

例の菊池氏も登場し、氏は、今回、主に血小板との関係でこのMC-FANの測定値の意義を説明していた。ストレスという悪化要因としての“どろどろ度”を説明していた。いぜんは様々な食品でこの試験をすることを勧めて多くの猥雑な科学もどき知見が発表され、一部にはいまだに発表され続けているのである。

by internalmedicine | 2006-08-31 14:03 | 動脈硬化/循環器  

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