Narrative

学際的なら分かるのだが、一方的に哲学という話になると・・・???となり、なんか変な人が多く入り込んできたなぁ・・・と思うNBMの世界というイメージ。

Narrative関連論文を、拾い読みしてるとなんだか、そんなに敷居の高いものでない気がしてくる。懐古的な医学の断端をみたりするのであるが・・・

NarrativeとGoogleで検索すると日本語がかなり検索され、NBMに至っては日本語がほとんど・・・非常に奇異な感じがする。“NBM narrative” の検索結果 約 20,400 件・・・ほとんど日本語・・・日本人てはやりものに弱いというか、こういう横文字略語に弱い人種・・・典型的なのが私だが・・

EBMとちがい役人も利用してやろう十も輪かなったのだろうか?さほどやり玉に挙がることもなく、経過してきているかわりに、EBM初期のようなオピニオンリーダーが外国にいないため、日本人の先生方が勝手にいろいろ概念遊びをしているようである。・・・言い過ぎか?


Narrativeの発音はナラティブでなく、ネァラティブと聞こえる

1999年当時、BMJにシリーズとしてNarrativeの記載が多く、その後は比較的記載が少ない。私が知ったのもこの年
Evidence based medicine: what it is and what it isn'tが1996年で、さほど年数を経ていないタイミングであった。


なぜ、Narrattiveを学ばなければならないのか?(BMJ 1999;318:48-50 ( 2 January )
疾患の原因、疾患過程、改善(悪化)、治療法(治療の失敗)は患者の人生の広い物語(ストーリー)の中の演者と考えれる。
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疾患の物語り(narrative)は、患者の問題点を全体的(holistic)にアプローチするフレームワークを提供し、診断・治療オプションが明確になることがある
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歴史を考えることは解釈的行為; 解釈(the discernment of meaning:意味を調べること)は、物語の分析の中心である(例えば文学評論)
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物語り(Narrative)は、しばしば存在し、疾患の構成原因であることのある、心的傷、絶望、希望、悲嘆およびmoral painの存在を見いだす手段を与えるもの
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“narrative”というの失われた伝統は医学の教育・医学実践の場で復活するべき




Stories we hear and stories we tell: analysing talk in clinical practice
BMJ 1999;318:186-188 ( 16 January )

・医師・患者コンサルテーションに関する通常の研究は内容より構造に焦点が向かっているため、比較的表面的になりやすい
・臨床上の出会いのうちの異なる相互的な観点は、文章やトーン、一瞬沈黙や中断、非言語的コミュニケーションの技術を用いたテクニックを用いることで明らかになるだろうというもの
・文脈の詳細な研究を通して、臨床医は、それらの患者の物語をより構造的に聞くことを学んでもよい。


Discourse analysis(会話分析)は文脈の言語研究です。同定すべき価値があるが、隠れたパターンや外観で隠されていたものの分析に多くの事例がある。
言語学、社会学、心理学にルーツがあるが、自然発生言葉のプロセス研究以外なにものでもない。


BMJ 1999;318:323-325 ( 30 January )

・エビデンスに基づく”臨床医でさえ、臨床上の専門的技術と判断の重要性を認める。
・臨床的方法は話術的な技量により描かれた解釈的行為であり、患者、臨床医、検査結果により語られた重層的なストーリーを統合するものである。
・特定の臨床的決断をなす場合の、最適な医学的な格言を選択するアートは、“症例専門的技術”(患者のストーリーや“疾患記述”や臨床的な逸話)の蓄積を通して獲得される
・narrative-解釈パラダイムを捨て、“エビデンス”だけでトライしようとしても、臨床的な状況に研究治験の結果を当てはめるときに不調和を来す。
特定の臨床の決定のための最も適切な医学の格言を選択する芸術は私たちが物語解釈的なパラダイムを捨てて、「証拠」で単独でなんとかやっていこうとするとき、主に「ケース専門的技術」(患者と臨床の逸話の話か「病気スクリプト」)の蓄積で取得して、研究調査結果を臨床の遭遇に適用しようとするとき私たちが経験する不協和音がしばしば起こる。


BMJ 1999;318:48-50 ( 2 January )
①有限・縦軸時間の一連の流れであり、始まりが存在し、一連の展開を有するイベントであり、エンディングをもつもの
②前提として、ストーリーが語られることに対して語り部と傾聴者に分けられる
③話は個人に関連があり、単に何が語られ、何が行われことより、その個人がどう感じ、それについて人々が感じたかの方が重要である。

話し手はさらに展開するイベントに単純にあるいは直接関係ない事の情報を提供することとなる。
人ごとに同じ出来事の流れの話をしても若干真実でない事なしに、入り込むかもしれない
そこが大事なのである。
あるnarrativeにとって、測定値のリスト、実験の結果の記載に反して、何が明らかになったか、何が不明瞭なのかは自明ではないのである。なにを話、何を省くかがナレーターと直結しており、傾聴者により改変可能なのである。


患者の体験のデータベース
DIPEX.org



"interpretationthe discernment of meaningis"(意味の解釈的識別)への関心というのは哲学者・言語学者にとって中心的関心事であるが、医師や他の科学者にとってはなじみがない概念であり、故に心地悪いものである。
臨床医学は、歴史・法律・経済学・人類学や他の人文科学の手法を共有しており、物理学より意義がある多くのものであるが、それらのものと異なり、明示的な解釈・意義付けなどのその規則が認識されていないとHunterというひとがのべてるそうな・・医学的プロフェッションは、“ "moral knowing, a narrative, interpretive, practical reasoning”として特徴づけられるものであると信じると述べている。

That's another story: narrative methods and ethical practice
J Med Ethics 2001; 27:198-202

BMJ 1999;318:253-256 ( 23 January )

Narrative-based therapies”というのがあるが、ほとんど心理学関係

by internalmedicine | 2006-07-20 17:40 | 医療一般  

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