自殺報道:ウェルテル効果など
2006年 10月 23日
自殺の原因に関しても、非専門家であるはずの“評論家”やメディアが、非科学的な妄想の披露に懸命になっている。その中身は犯人捜しにやっきなのである。医療過誤の時の悪者探しと同様に。・・・メディアにおける自殺報道の危険性をメディア自身は理解してないのか。すくなくとも、専門的に、何の勉強もしてないメディア出演者は、自殺に関して安直なコメントは控えるべきで、彼らの報道のやり方次第では、自殺数増加に関わる可能性があり、間接的加害者となる可能性があるのである。
そもそも、自殺リスク評価というのは、素人が口出しできるほど安直ではないらしい
精神科医には自殺リスク評価のcore competencyが要求され、このスキルはresidency trainingにも存在する。自殺リスク評価は、急性、ハイリスクな自殺要因、予防可能な予防的指標であり、治療・マネージメントの情報を与えるものである(*)。臨床的経験のみではリスク評価は不十分である( J Am Acad Psychiatry Law 34:3:276-278 (2006) )。
ちなみに、Assessment Scale(The Lancet 2002; 360:319-326)は
・Hopelessness(Beck) 20 true/false (0-20)
・Beck's depression index(Beck) 21(0-53)
・Hamilton rating scale for depression(Hamilton) 17,21,24(0-50 or 62)
・Suicide probability(Cull and Gill) 36(0-100)
・Suicide ideation(Beck) 19(0-38)
・Reasons for living(Linehan) 48 true/false
PREVENTING SUICIDE A RESOURCE FOR MEDIA PROFESSIONALS (pdf)(日本語訳 pdf)には、興味ある内容が多く含まれる。
特に、"IMPACT OF MEDIA REPORTING ON SUICIDE"の項目では
メディアと自殺の関係でもっとも最初に知られる事象は、1774年出版の、Goetheの若きウェルテルの悩み (Die Leiden des jungen Werthers) による自殺増加とされる。
このウェルテル効果は、ウェブでも多く取り上げられている。
たとえば・・
メディアは様々な情報に関して今日大きな役割を果たしている。特に一般の人の態度、信念・行動に強く影響を与える。
そして、行政・経済・社会的行為に重要な役割を果たす。
逆に、メディアは自殺予防に積極的な役割を果たせるのかもしれない。
自殺を考慮している人は大多数ambivalentなのである。確信を持っていることは少ない。
逆に、自殺に導く多くの要因の一つとしてメディアの自殺に関するpublicityが存在する可能性がある。
メディアの報道の仕方いかんで、自殺を増加させるかどうかが決まるかもしれない。
・自殺に関するメディア報道のインパクト
・信頼される情報源であるかを示す
・一般的な状況か、特異的な状況なのか
・自殺報道を避けることのpitfall
自殺方法の出版物による自殺増加
1)NYにおいて、Derek HumphryのFinal Exit(安楽死の方法)という本に関心がもたれ、この方法による自殺増加
2)フランスにおける、suicide : la mode d’emploiの出版による自殺増加
著名人(celebrities)の自殺事例は特に大きなインパクトを持つ。
テレビの影響が報告され、Philipsは、自殺ケースの報告後10日まで自殺数が増加すると報告している。
印刷メディアにおいても、公表度の高いストーリーの場合、多くのチャンネルでの多くのプログラムは巨大なインパクトを形成するように思え、もし著名人がそれに含まれるならなおさらである。
舞台でのplayは音楽と自殺との関係は調査されておらず、逸話としてしか存在しない。
自殺の原因はより多因子的である。以下の中国の報告に東洋人としての要因重要度が報告されていた。
事前テストから、自殺者519名の遺族・緊密な関係者への包括的インタービューを、対照(他の外傷に死亡した対照)と比較した中国の研究
The Lancet 2002; 360:1728-1736
年齢、性別、居住地、研究地で補正後、finalなunconditional logistic regression modelにて重要度の順番は・・・
1)うつ症状スコア
2)自殺企図既往
3)自殺時の急性ストレス
4)低QOL
5)高度慢性ストレス
6)死前2日間の重症の対人的抗争
7)以前の自殺行為を有する血縁者
8)以前の自殺行為を有する友達・関係者
自殺リスクはmultipleなリスク要因増加とともに増加。
8つのリスク要因のうち、
・1つリスク要因:ゼロ
・2-3のリスク要因:30%(90/299)
・4-5のリスク要因:85%(320/377)
・6つ以上のリスク要因:96%(109/114)
自殺に関する研究はかなり難しいものである。
うつに伴うもっとも重大なリスクは死亡率増加、特に自殺によるものである。
自殺リスクや予防そのものの実験的研究は現実的に不可能。
臨床的研究において、たとえうつにしても、自殺の頻度があまりに少ないからである。
観察的手法として、メタ解析・疫学解析などが用いられるが、故に、エビデンスレベルが低くなる。
自殺のproxy measureとして、自殺企図、自傷行為、自殺念慮などの頻度が調べられているが、現実の自殺に関する多くの要因の一つの可能性しかない。
自殺念慮頻度増加に関する介入は実際の自殺数増加とリンクしているとは限らない。
自殺念慮は自殺のリスク要因の一つに過ぎないのである。
若年者の自殺に関して、3つのスケールのみ予後推定信頼性がある
・Beck's hopelessness scale
・Linehan's reasons for living scale
・Cull and Gill's suicide probability scale
Beckスケールにおける3を超えるスコアは、3以下に比べ6.5倍もの自殺遂行を意味するという研究結果もある。どの心理試験も一つでは信頼できる自殺推定とならないということに注意すべきである。( J Am Acad Psychiatry Law 34:3:276-278 (2006) )
お馬鹿な“ニュースキャスター”が、福岡や北海道の件で、自説を唱えていたが、科学的文献などを十分勉強してから述べるべきであり、直感的な発言により、悪影響を及ぼすということを自覚すべきである。
なお、日本におけるウェルテル効果として、近松の心中ものもあがるらしい。
by internalmedicine | 2006-10-23 09:22 | 医療一般