化学物質過敏症、その原典:MCS ・・・
2007年 10月 04日
「化学物質過敏症」に無理解 生徒が加古川市を提訴(神戸新聞 2007/10/03)
三年前まで加古川市立中学校に通学していた男性(17)=静岡県伊豆市=が、自身の「化学物質過敏症」への配慮を求めたのに、学校側の無理解や周囲のいじめで症状が悪化したとして、三日までに、同市を相手に治療費や慰謝料など約九千四百万円の損害賠償を求める訴えを神戸地裁姫路支部に起こした。
(略)
これに対し、加古川市教委は「いじめは加害者を特定できなかったが、クラス全体を指導し再発はなかった。教科書のインクを避けるため授業のDVDを作って届けるなど、配慮はしており提訴は残念」としている。
・・・という記事をみて正直ぶったまげた。なぜならいつのまにか、化学物質過敏症が確立した疾患概念であるかのごとく扱われているのである。“化学物質過敏症に関する提言 2005年8月26日 日本弁護士連合会(pdf)”というのがあり、それから、複数の民放メディアで一方的な報道番組が続いた(日本テレビ、テレビ朝日、 TBS )。時期もほぼ同じで、なんらかの政治的動きと呼応しているのではないか。こういった運動は、医学における地味な議論を無視して、疾患概念が暴走するのである。こういう事例を、「電磁過敏症」或いはEHS、脳脊髄(せきずい)液減少症など多く見受けるようになった。こういった疾患は、市民運動やそれを支持する弁護士、医師、政治団体が背後にあり、メディアとともにその冷静な科学的・医学的根拠などを無視して暴走を始めるのである。線維性筋痛症、慢性疲労症候群、顎関節症といったものを合わせFSS(Functional Somatic Syndrome,機能性身体症候群)の可能性もあり、個別的な症例検討が欠かせないにもかかわらず、疾患概念をもてあそび、あるいは、もてあそばれて、各人の時間や社会的コストが消費されるリスクがあるのである。
化学物質過敏症、Multiple chemical sensitivities(MCS)が日常生活で遭遇する多くの物質に対する悪作用をもたらす病態への病名として提唱されたものである。MCSは、ロン・G・ランドルフ(Theron G. Randolph, M.D. 1906-1995)が提唱、日本では北里大学の石川哲が“化学物質過敏症”と名付けたとされるようだ。
この“chemical:化学物質”の対象は、有機溶媒、殺虫剤、ペイント、新しいカーペット、合成洗剤、新しい生地、建物材料、他多くのものをくむのである。身体所見や生化学異常を伴わない主観的症状のみ診断されるもの(Ann Int Med 15 July 1993 Volume 119 Issue 2 Pages 163-164)
Theron G. Randolph「Human Ecology and Susceptibility to the Chemical Environment」がMCS原典であり、「人間は毎日、しかも生涯に渡って毒性に影響されている。現在増え続けている環境中の化学物質は、人間の健康や幸福を損なってはいないだろうか」と当時問題となってきた環境問題を提起しつつ、「個体の過敏性に関する医学の問題は、その分布曲線の中央ではなくて、その両端にこそ問題があるのだから」とその書籍の中で論理の隘路に陥っているのである。(参考:URLhttp://risk.kan.ynu.ac.jp/fujima・・・・.pdf)
1950年代“環境問題”の時代であった。当時、概念的に増大する人工的“化学物質”への健康への危惧を表明したのは異議あることであったのだろう。ただ、具体的事例に基づいた疾患概念の提唱でもなく、その診断された一群への疫学調査もない。それは、Randolphの疫学への否定的見解があったことでも明らかである。
理論的仮説として、forebrain、視床下部やlimbic systemへの嗅覚系から吸引した化学物質が神経障害を生じるという仮説が建てられ、多くの症状は、上記嗅覚系から発した“kinding”(着火)により生じているというものである。
患者は様々な自覚症状をうったえる。多くは、疲労、倦怠、頭痛、注意力不足、記憶障害、"spaciness"を訴える。少数例では、特異的な単独物質による報告もされており、職業医学的な問題が議論されるべきかもしれない例も報告されている。
論文上、MCSが掲載されるのは2000年以降の文献は少なく、1998年のAFP誌(Vol. 58/No. 3 (September 1, 1998) )がまとまった記載の最後の方で臨床的特徴を記載するほどのデータがない
MCS症状を有する多くの患者は女性(85-90%)で、30-50歳に多く存在する。叙述的、疫学的記載は多くなく不明。頻度・罹患率なども不明。プライマリケアでのMCSは報告されておらず、報告されたのは特異的な状況での選別された患者のみである。
American Academy of Allergy and Immunology、 the American Medical Association、 the California Medical Association, the American College of Physicians、 the International Society of Regulatory Toxicology and Pharmacologyといった学会からその診断名称を拒否されており、以下の存在そのものに対する否定的ステートメントが次々に出されているのである。
American Medical Association Council on Scientific Affairs. Clinical ecology. JAMA 1992;268:3465-7..
American College of Physicians. Clinical ecology. Ann Intern Med 1989;111:168-78.
American College of Occupational and Environmental Medicine. Position statement. Multiple chemical sensitivities, environmental tobacco smoke, and indoor air quality. Retrieved March 1998 from the World Wide Web: http://www. acoem.org/paprguid/papers/mcs.htm.
Executive Committee of the American Academy of Allergy and Immunology. Clinical ecology. J Allergy Clin Immunol 1986;78:269-71
以上の経過を考えれば、“いまさら感”を感じる“疾患概念”なのだが、最近ことある毎に、マスコミや裁判報道などで耳にするようになった。
<詭弁とQuack、そして、業界の利権、拡大する定義>
MCS Referral & Resourcesと自称するサイトが存在する。
Multiple Chemical Sensitivity(MCS) disorders are characterized by multiple symptoms in multiple organ systems that are triggerd by exposures to multiple different chemicals and irritants at or below previous tolerated levels. MCS can begin at any age but usually develops first in late-puberty to midlife and is more common in women than in men. It may be caused by either acute short-term or chronic long-term exposure to one or more chemicals and/or irritants.
The frequency and/or severity of these symptomes are worsened by subsequent exposures to a wide of chemicals and irritants (hence the name MCS) from a great vriety of sources. MCS can be improved but not cured through reduction and environmental control of such exposures. It is further improved by medical treatment of endocrine, nutritional, and other complicating medical problems.
相も変わらず、赤文字で書かれたように広範囲の化学物質や刺激物質により症状悪化と書かれているのに、片方では一つの物質でもこのMCSという病名を故障できるという矛盾を含む定義が書かれている。
さて、注目したい提言・・・
化学物質過敏症に関する提言 2005年8月26日 日本弁護士連合会( pdf )
化学物質過敏症については、その患者の存在を肯定しながらも、他の既存の疾病概念で把握可能な場合があるとか、発症機序が明らかでない等として、「微量化学物質暴露による非アレルギー性の過敏状態としてのMCSに相当する病態」を、化学物質過敏症と呼ぶことを否定している。このような結果として、化学物質過敏症は、保険病名として認められていない。というもの
しかしながら、研究会報告書における概念整理に基づいても、シックハウス症候群の発症関連因子として、化学物質が存在することは自ら否定しておらず、その発症機序が必ずしも明らかでないことは化学物質過敏症と同様である。にもかかわらず、なぜ「家」から発生する化学物質を原因として発症した患者には保険適用ある病名を認め、「家」以外から発生した化学物質を原因としてシックハウス症候群と同様の症状を発症した患者には保険適用ある病名を認めないのか、極めて不合理であるといわざるを得ない。
“その患者の存在を肯定”の中身がわからない。だが、特定の化学物質に対する過敏症ならその存在は当然ある。特定の抗原へのじんましん、喘息、アトピー性皮膚炎などの存在を誰も否定しない。一方、ホルムアルデヒドによる気道への粘膜障害をふくむ室内空気の問題を過敏症と呼ぶかどうかは言葉の定義の問題になるだろう。MCSという概念に広げて、MCSという病気を認めているというのならそれは詭弁だろう。
この“疾患概念?”の問題点は考えつくだけでも・・・
1)特定化学物質の有害性、その量・反応特性を含む拡大解釈
2)アレルギー疾患との混同(意図的なものも含まれる)
3)Multipleといいながら単一物質への“過敏症”でもMCSという身勝手さ
・・がある。
とくに日本ではMCSの“Multiple"まで削除され、化学物質過敏症というもっともらしい呼称となりさらに混乱を引き起こすpotencyがある。
ここの疾患なら保険病名として十分みとめらえているのである。弁護士団体は何を目的にしているのだろう。おそらく、この“疾患名”の定着により膨大な司法事案が発生することを期待しているのではないかと妄想するのだが・・・読者諸氏の見解を待ちたい。
弁護士はその身分保障を担保されている数少ない職業である。その特殊な権限を許された職能団体してはいささか自制を欠いた提言なのではないか?弁護士活動に関して倫理性の議論がある昨今このMCIを通して弁護士会活動の一端を見た気がする。
by internalmedicine | 2007-10-04 08:57 | Quack