仕事の負担(job strain)は繰り返す冠動脈疾患イベントと関連

このことに限らず、司法に対する不満が最近累積している。その一つとして、”過労死”と認定すれば100%そのせいとするような裁判、すなわち科学的根拠を真に理解していない善悪dichotomy判決や定量性を無視した判断に辟易している。

行政においては、旧労働省は血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準の見直しにて、科学的エビデンスが出される前に、“業務の過重性の評価にあたり、慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧症、動脈硬化の原因の一つとなり得ることを踏まえたものにする”としている。評価する人も多いかもしれないが、他のリスク要因を無視して、この「慢性の疲労や過度のストレスの持続」を過剰に評価している可能性もある。

日本における業務加重性の定義を

 a 精神的緊張を伴う作業
    b 不規則な業務
    c 早朝から深夜に及ぶ拘束時間が極めて長い業務
    d 労働密度が低くはない業務
    e 非常に長い時間外労働及び長い走行距離を伴う業務
    f 十分な休憩が取れない作業環境下における業務
    g 寒冷等ばく露業務
としているようであるのだが、さて、これらが定量化され評価されているかははなはだ疑問である。


最近論文で“job strain”というのを良く眼にするようになった。類似性から“業務加重性”と翻訳すべきかもしれないが・・・ここでは“仕事の負担”と若干平易すぎる言葉とした。それ定義のあいまいな「業務加重性」と区別したかったからである。

仕事の負担(job strain)を”仕事の要求度と裁量の自由度”と分析して冠動脈疾患(CHD)のリスク要因として分析する方法に関して徐々に報告が出始めており、初回のCHDイベントのリスク要因であることは判明している。しかし、繰り返すCHDイベントと仕事の負担(job strain)の関係は不明であった。

Aboa-Éboulé らが初回心筋梗塞後職場復帰した患者の前向きコホート研究にて繰り返すCHDに関して評価したもの
職場復帰後6週間、2年ごの仕事の負担が高いと報告した対象者にて新規CHDイベントのリスク増加が、仕事負担の高いという報告のない患者に比べて有意に認められた。


Job Strain and Risk of Acute Recurrent Coronary Heart Disease Events
JAMA. 2007;298:1652-1660.

初回心筋梗塞後の復職した35-59歳の男女972名の前向きコホート研究

仕事の負担は、心理的仕事要求度の高さと裁量自由度の少なさで評価
high strain (high demands and low latitude)
active (high demands and high latitude)
passive (low demands and low latitude)
low strain


慢性仕事負担変数ははじめの2回のインタビューに基づき、両インタビューで高度仕事負担暴露としたもの、1回以上のインタビューで高度仕事負担非暴露としたものに分けた
生存率分析は、2期で別々に行い、2.2年前と2.2年後とした

アウトカムは206名で記載され、非補正解析にて、慢性の仕事負担はフォローアップ2.2年の繰り返すCHDと相関 (hazard ratio [HR], 2.20; 95% CI, 1.32-3.66; 慢性仕事負担暴露と非暴露比較 6.18 と 2.81 / 100 人年).

慢性仕事負担はやはり、26の可能性ある寄与因子補正後も多変量解析後も独立した因子であった(HR, 2.00; 95% CI, 1.08-3.72).


以上の報告をみて、厚労省や裁判所はそれみたことか、慢性の疲労や過度のストレスの持続は重要な冠動脈疾患イベントのリスク要因であり、先見的に対策ができていたといばるかもしれないが、わたしは冒頭のごとき不満を感じている。

行政も司法も、感情にとらわれることなく、客観的判断がなされるためには、定量化された判断が必要でそのためにも、疫学的コホート研究が日本でもなされ、そのリスクに按分された補償などを行うべき・・・というのがわたしの意見である。

なお、心理ストレスと疾患に関する優れたReview Articleがこの号のJAMA(Psychological Stress and Disease
Cohen et al. JAMA.2007; 298: 1685-1687.
)に掲載されている。そのうち、紹介したい。

by internalmedicine | 2007-10-10 09:48 | 医療一般  

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